2007年02月01日

産む機械

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たわいもない失言の扱いに関して、資質と能力に疑いのあるマスコミや政治家を批判します。
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問1 : 柳沢大臣の発言は、どのようなモノであったでしょうか?

1.『女性は産む機械である』 と発言した。
2.『産む機械は限られている』 と発言した。

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問2 : 柳沢大臣の失言は、どういうあり様であったと解釈するのが適当でしょうか?

1.『女性は、子供を産むための機械である。』 と明言した。
2.『産んでくれる個体数(頭数)は限られている』 と喩えようとして表現を誤った。

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問3 : 失言に関して、どのような対応がなされたでしょうか?

1.失言を指摘されてもなお、表現は適切であったと言い張った。
2.失言である事を認め、早急に訂正と謝罪が行なわれた。

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起きたあり様を正確に分析すれば事は明白です。何れも 『2』 が適正な見解にあたります。

喩え方を間違っただけのことに関して、ましてや、早急に訂正と謝罪が行なわれた事に
関して、批判が収まらない事が、私には理解できません。むしろ、過剰な批判をやめよ
うとしない者に、愚かさと無能さを感じます。
その批判のあり方も、作為的な抽出で、
歪曲的な解釈や勝手な拡大解釈による批判でしかありません。

『女性が産む機械なら、子供が生めない女性は壊れた機械か?』 と歪曲的に批判を
積み重ねた愚か者がいるそうですが、政治家としての本質を損ねる資質・性質・能力
であると言わざるを得ないです。

起きた事が何であるかを正しく分析し、論理的に、事実を整然と積み重ねるべき
マスコミや政治家が、このようなあり様であってよいものでしょうか?


喩え方の失敗ですら許しがたい事であると明言するなら、その証明をして欲しいものです。

女性を産む機械と定義したのではなく、喩え話として表現(失敗)したのですから、
喩え方の問題であった以上、表現の自由という側面がある発想だってもつべきでしょう。
このことは、表現に適切さを欠いていたとしても、一方的に裁定を下せない証左がある
ことを意味します。妥当性を欠いた表現であったとしても、一方的には裁けなくなると
いう事です。
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世の中を牽引していく立場である政治家やマスコミがこういったありさまでは、
イジメや自己解釈的な不始末(←飲酒運転・食の安全 等)が是正されな
いのは当然でしょう。後進の者を先導する者がデタラメなら、後に続くものが
デタラメになるのは自明です。

※ 正確な事実認定や状況把握というものを軽んじてもらっては困ります。> マスコミ
※ 私は、政治的には無党派です。自民党にも柳沢氏にも、情を傾ける意図は
  ありません。デタラメなマスコミと政治家に憤慨したので書いてます。

気持ち的に、『バカヤロー』 と叫びたい思いで一杯です。
 > デタラメな報道をするマスコミ・批判する事に執着する政治家

正論ありきではなく、目的ありきの他意しか感じられません。 > 馬鹿野郎

政治家とマスコミの役割は、『社会における考え方の手本』 であることも忘れて欲しくないです。
posted by くろこげパンダ at 21:51 | Comment(0) | くろこげパンダの雑記帳
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